「とりあえず辛口で」をやめたら、日本酒はもっと美味しくなる
居酒屋で日本酒を頼むとき、「とりあえず辛口で」と言ったことはありませんか。
僕はあります。何度もあります。甘いお酒はなんとなく初心者っぽい気がして、「辛口」と言っておけば通っぽいし、まあ外れないだろうと。
この口癖をやめたら、日本酒が一段美味しくなりました。今日はその理屈を書きます。
そもそも日本酒の「辛口」は、辛くない
最初にちゃぶ台をひっくり返しますが、辛口の日本酒を飲んでも、辛くありません。唐辛子の辛さは来ない。わさびのツンも来ない。
日本酒の辛口・甘口は、ざっくり言うと糖分が少ないか多いかの話です。
ラベルの裏によく書いてある「日本酒度 +3」みたいな数字は酒の比重を表す数値で、糖分が多い(=重い)とマイナス側に、糖分が少ない(=軽い)とプラス側に振れて、プラスが大きいほど「辛口」と呼ばれます。つまり辛口の実態は「甘くない」。もっと言えば「すっきりしている」くらいの意味です。
ワインで言う「ドライ」ですね。ドライな白ワインを「辛い」とは言わないのと同じことです。
しかもこの日本酒度、あてになるようで、ならないことがあります。日本酒度+5でも、香りが華やかだと人間の舌は「甘い」と感じたりする。逆にマイナス寄りでも、酸がしっかりあるとキレて感じたりする。数字ひとつで味が決まるほど、日本酒は単純ではないんです。
「とりあえず辛口」の何が問題か
言葉として、雑すぎるんです。
すっきり軽い酒を出されても、重厚でどっしりした酒を出されても、「辛口」の注文は一応成立してしまう。つまり注文としてほぼ機能していない。
日本酒度がプラスでさえあれば、香り控えめの食中酒からどっしりした熟成系まで、どんなタイプの酒でも「辛口」を名乗れてしまうからです。「辛口ください」は、服屋で「かっこいいのください」と言っているのに近い。店員さんは困りつつ、無難なところを出すしかありません。
そしてもったいないのがこっちです。「辛口」と注文し続ける限り、甘み系の名酒が一生出てこない。
いま人気の銘柄には、ジューシーな甘みときれいな酸で組み立てられた、白ワインや貴腐ワインみたいだと評されるような酒がいくつもあります。宝の山です。この一帯は日本酒の面白さが詰まっているエリアなのに、「辛口で」と言った瞬間、選択肢から丸ごと消えるんです。
ちなみに「日本酒=辛口が正義」という空気には歴史的な背景があります。かつて甘ったるい酒が市場にあふれた時代への反動で、1980年代に新潟の淡麗辛口が大ブームになった。その頃の価値観が「通は辛口」というイメージだけ残して今も漂っている、というのが僕の理解です。40年前のブームに、僕らの晩酌が引っ張られる必要はありません。もう時効です。
誤解のないように書いておくと、辛口の酒そのものは何も悪くありません。キレのいい辛口純米を燗にして、塩辛やあん肝と合わせる。これは間違いなく晩酌の完成形のひとつです。問題はあくまで、注文の言葉として「辛口」が何も伝えていないこと。そこだけです。
「辛口」の代わりに使える言葉
じゃあ何と言って頼めばいいのか。おすすめは、味の名前より方向を伝えることです。
- 「香りが華やかなやつをください」……フルーティー系が来ます。日本酒の入口として一番わかりやすい美味しさ
- 「すっきりして料理の邪魔をしないやつを」……いわゆる淡麗系。刺身の日はこれ
- 「米の旨みがしっかりした、飲みごたえあるのを」……純米のどっしり系。揚げ物や味の濃い肴の日に
このくらいの雑な伝え方で大丈夫です。日本酒を置いている店の人は、この一言から汲み取るのがうまい。「辛口で」と言われるより、確実にあなた好みの一杯を出しやすくなります。
もうひとつ、最強の注文方法も書いておきます。今日食べるものを言うこと。「さばの味噌煮に合うのをください」。これで外れた経験が、僕はほとんどありません。
数字は、答え合わせに使う
日本酒度の話に戻ります。あの数字の一番楽しい使い方は、頼む前の基準にすることより、飲んだ後の答え合わせだと思っています。
やり方はこうです。美味しいと思った酒のラベルを見て、日本酒度+2か、意外と真ん中なんだな。じゃあ僕が好きなのは辛口そのものじゃなくて、このくらいの飲み口なんだな。——これを何本かやると、自分の好みの座標がだんだん見えてきます。
「とりあえず辛口」は、その座標探しを放棄する言葉です。
次に日本酒を頼む機会があったら、一度だけ封印して、「香りが華やかなの」か「今日の肴に合うの」で頼んでみてください。出てきた一杯が今までと違ったら、それがあなたの晩酌が広がり始めた合図です。
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