山田錦が酒米の王様と呼ばれる理由は、粒と芯と産地にある
10月に入りました。稲刈りの季節で、日本酒の日の記事で書いたとおり、酒蔵が新米を洗って今年の造りに取りかかる月でもあります。この時期に酒屋の棚を見ていると、ラベルの「山田錦」の4文字がやけに目に入ってきます。
「酒米の王様」と呼ばれる米です。名前は知っていても、何がそんなに偉いのか、僕も長いこと説明できませんでした。調べてみると、理由は3つに絞れます。粒と、芯と、産地です。
酒米は、食べる米と何が違うのか
まず「酒米」の話から。酒造り用の米(醸造用米)の特徴は、食用米よりたんぱく質が少なく、粒が大きく、真ん中に「心白」という白く濁った芯があることです(酒類総合研究所の解説)。
兵庫県は、良い酒米の条件として、大粒であること、心白が中央に鮮明にあること、たんぱく質が少ないことの3つを挙げていて、山田錦はその3つをすべて兼ね備えた米だと説明しています。
なぜこの3つなのかは、精米歩合の記事で書いた話とつながります。酒造りでは、雑味のもとになる表層のたんぱく質を削り落とすために米を磨く。粒が大きくて芯がしっかりしていれば、深く削っても割れにくい。たんぱく質がもともと少なければ、削る手間も減る。山田錦は、蔵が「やりたいこと」をやりやすい米なんです。
命名から90年、兵庫の試験場で生まれた米
山田錦は、人の手で掛け合わせて作られた米です。兵庫県と加東市の公式資料によると、大正12(1923)年に兵庫県立農事試験場で「山田穂」を母、「短稈渡船」を父として人工交配され、昭和6(1931)年に「山渡50-7」という系統として生まれました。加東郡の試験地で比較試験を重ね、昭和11(1936)年に「山田錦」と命名されて、兵庫県の酒米奨励品種になっています。
今年2026年で、命名からちょうど90年。ずいぶん昔の米に思えますが、全国の蔵に届き続けている現役の米です。
王様の理由の半分は、産地にある
山田錦が特別なのは、品種の性質だけが理由ではありません。
兵庫県の山田錦の出荷量は、令和4年産で約16,031トン。全国の57%を占めています。JA全農兵庫は、全国シェア約6割の山田錦を全国約500の蔵に届けている、と説明しています。ひとつの県が、王様の米の6割近くを握っている計算です。
産地が偏るのには理由があります。兵庫県は、三木市や加東市のあたりの中山間地域を栽培の適地としていて、なかでも谷あいや盆地では夏の気温の日較差が10℃以上に達し、山田錦の登熟や心白の発現に条件が揃うと説明しています。同じ品種でも、育つ場所で心白の出方が変わる。産地には格付けもあって、加東市では市内の多くが最上位の「特A地区」に指定されています。
栽培は楽ではありません。山田錦は稈(茎)が長いため大雨や台風で倒れやすく、栽培管理が難しい品種だと、加東市の資料にもあります。手がかかる米を、条件の揃った土地で作り続けてきた。この生産の仕組みごと評価されたのが、2025年1月に農林水産省が「兵庫の酒米『山田錦』生産システム」を日本農業遺産に認定した件で、三木市・加東市・神戸市など9つの市町が対象になっています。
「王様」の中身は、米粒そのものに加えて、その米を90年育ててきた土地と人の話でもあるわけです。
ラベルの「山田錦」は、隣の数字とセットで読む
さて、棚に戻ります。ラベルに「山田錦」とあるとき、どう読めばいいか。
国税庁の「清酒の製法品質表示基準」では、原料米の品種名は、その米の使用割合が50%を超える場合に表示でき、表示するときは使用割合を併せて書くことになっています。「山田錦100%」もあれば「山田錦60%」もあるのはそのためで、品種名の隣の数字は決まりごとです。100%と書いてあれば、麹米も掛米もすべて山田錦という意味になります。
そのうえで、山田錦は「造り手が腕を振るいやすい米」だと僕は考えています。JA全農兵庫のページには、全国新酒鑑評会で金賞を獲得する製品の約9割が山田錦を原料とする、とあります。ただし鑑評会に出るのは、各蔵がその年いちばん手をかけた酒で、晩酌の食中酒とは狙いが違います。五百万石や雄町など、別の米には別の持ち味があって、山田錦でないから劣る、という話にはなりません。
ラベルの「山田錦」は、「迷ったときの目印」くらいに受け取るのがちょうどいいと思います。初めての蔵の酒を試すなら、山田錦の純米吟醸は入り口にしやすい1本です。その一方で、同じ蔵が別の米で造った酒を隣に置いて飲み比べると、王様の輪郭がむしろよく見えてきます。
今年の新米で仕込んだ酒が瓶になって出てくるのは、多くは冬のしぼりたてからです。それまでの間に、去年の山田錦の酒と、山田錦以外の酒を一本ずつ。10月の棚は、そんな飲み比べの仕込みにちょうどいい季節です。
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