日本酒の甘口・辛口は温度で変わる。ぬる燗で甘く感じる理由
10月も後半になると、夜に冷蔵庫から出した酒が、少し冷たすぎると感じる日が出てきます。夏のあいだ当たり前だった冷酒が、急に遠く感じる。そういう夜が、この話の入口です。
僕も長いこと、甘い・辛いはラベルの数字で決まっていると思っていました。でも日本酒の甘口・辛口は、瓶の中で決まっているだけでなく、飲む温度でも変わります。同じ1本をよく冷やせばシャープに、ぬる燗にすれば甘く感じる。辛口の記事で書いた日本酒度の話の、続きです。
ラベルの日本酒度は、15℃を基準にした数字
まず数字の正体から。日本酒造組合中央会の用語集によると、日本酒度は清酒の比重を示す清酒独特の単位で、15℃の酒に浮ひょうを浮かべて測ります。糖分が多くて重い酒はマイナス、軽い酒はプラス。つまりこの数字は、15℃という決まった温度での重さの話で、あなたが飲む温度は入っていません。
同じ用語集には「甘辛度」という値もあります。清酒のブドウ糖濃度と酸度から計算する式で、この式で甘辛の81%が説明できる、と書かれています。裏を返せば、成分の数字だけで甘辛が決まりきるわけではない、ということでもあります。そして、ラベルのどの数字にも載っていない要素がひとつあります。飲むときの温度です。
甘さは、体温に近い温度でいちばん強く感じる
月桂冠の燗酒の解説ページに、はっきり書いてあります。「甘さ」は人間の体温の35度ほどで最もよく感じられ、アミノ酸は温度が高くなるほどよく感じられる。酒を温めると、常温では感じにくい甘味や旨味が引き出される、と。
日本酒造組合中央会の飲み方のページにある温度の呼び名も、同じ方向です。ぬる燗は「酒の香りがもっとも豊かになり、味わいに膨らみを感じる」、あつ燗は「酒の香りがシャープになり、切れ味の良い辛口になる」、飛びきり燗は「酒の香りが強くなり、辛口になる」。温度を上げていくと、膨らみからキレへ、甘さから辛さへ動いていきます。同じページには、一般的には人肌燗から上燗がおいしいと言われている、ともあります。
冷やす側も見ておきます。沢の鶴の読み物では、約5℃の雪冷えはよく冷やすことで香りが抑えられてシャープな味わいになり、約10℃の花冷えは香りが弱まってきめ細やかな味わいになる、と説明されています。中央会の飲み方のページでも、雪冷えは「香りはあまり立たず、冷たい口当たりで味わいの繊細さがわかりにくいことも」とあります。甘さを最も感じるのが体温あたりなら、そこから離れるほど甘さは感じにくくなるはずです。
並べると、こういうことです。同じ酒でも、よく冷やせば香りが抑えられてシャープに、30〜40℃なら甘さと旨味が前に出て、50℃を超えるとキレが勝って辛口に寄る。瓶に書いてある日本酒度は変わらないのに、舌に届く甘辛は温度で動きます。
同じ1本を、5℃と40℃で飲み比べる
理屈は、試すと一度で分かります。やり方は簡単で、四合瓶から猪口2杯分を取り分けて、1杯は冷蔵庫で冷やし、1杯は湯煎でぬる燗にする。燗酒の記事で書いたとおり、沸騰直前まで沸かした湯の火を止めて、徳利を首まで浸け、1分ほど、または好みの温度になるまで待つだけです。月桂冠のページには、徳利の底に手で触れていられるくらいが約45℃の上燗の目安とあります(火傷には注意)。40℃を狙うなら、それより少し手前で引き上げます。
酒は純米酒が向いています。中央会の飲み方のページでは、「コクのあるタイプ」は10℃から45℃まで飲用の適温帯がもっとも広く、品温によってもっとも楽しく変化を見せる、とされています。逆に月桂冠の解説では、フルーティーで淡麗な吟醸酒やフレッシュな生酒は、燗にすると香りや舌触りに違和感が出ることがあり、吟醸酒を50度を超える熱燗にすると繊細な持ち味が台無しになる。人肌燗からぬる燗の低めか、冷やして、とあります。実験に使うなら、香りが控えめな純米酒の四合瓶を1本。
ひとつ注意があって、本来「冷や」は常温の酒のことです(沢の鶴)。ただ最近は冷酒の意味で使う人もいるそうなので、頼むときは「常温で」と言うのが確実です。常温の酒が頼めるなら、冷酒とぬる燗の間に1杯はさむと、温度が上がるにつれて甘さが出てくる段階が追えます。
出典どおりなら、冷やした方はシャープに締まり、温めた方は甘みと旨味がふくらんで感じるはずです。月桂冠の解説にも、燗のつけ加減ひとつで同じ日本酒でも味わいはがらりと変わる、とあり、中央会はコクのあるタイプを「もっとも楽しく変化を見せる」としています。逆に軽快なタイプは適温帯が狭い。差の出方そのものが、その酒の性格です。
「辛口ください」の前に、温度を決める
ここからが使い方です。居酒屋で「辛口ください」と言う前に、飲みたい温度を決めてみてください。
甘さをおさえてキレよく飲みたいなら、よく冷やしてシャープにするか、熱燗まで上げる。熱燗は中央会の言う「切れ味の良い辛口」です。一方、甘さと旨味をゆっくり感じたいなら、日向燗からぬる燗。体温に近い温度で甘さがいちばんよく出るので、同じ酒がやわらかく変わります。日本酒が苦手な人と飲む記事で頼み方を変える話を書きましたが、温度の指定も、銘柄を変えずに味を変える頼み方です。
家ではもっと簡単で、辛いと感じた酒は温めてみる、甘すぎると感じた酒は冷やしてみる。買った1本を「口に合わなかった」で終わらせる前に、温度を一段動かす。それだけで合う温度が見つかる瓶もある、と僕は思っています。
迷ったら40℃です。甘さを最も感じる体温のすぐ上で、中央会が一般においしいとする人肌燗から上燗の範囲の中ほど。沢の鶴も、ぬる燗は純米酒系におすすめとしています。冷やして辛いと感じた純米酒を、今夜ぬる燗にしてみてください。ラベルの数字は同じまま、別の酒が出てきます。
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