朝晩が冷えたら燗酒です。まずはぬる燗、湯煎からです
朝晩、半袖だと少し肌寒い日が増えてきました。日中はまだ夏の名残があっても、夜の空気だけは先に秋へ切り替わっています。
酒屋の店頭にも、そろそろ「お燗はいかがですか」のポップが出始める頃です。冷酒だけで夏を過ごしてきた人にとって、燗酒はここからが本番のシーズンになります。
とはいえ、燗には独特の身構えがつきまといます。専用の道具が要りそう、温度を測る手間がありそう、失敗して熱くしすぎてしまいそう。僕自身、燗を覚えたての頃は、そのイメージだけで何度も後回しにしていました。実際に始めてみると、やることはひとつだけです。今日は、その最初の一歩に的を絞って書きます。
燗は「温めるだけ」なのに、身構えてしまう
燗酒の作り方を一言でいうと、日本酒を温める、それだけです。特別な資格も、専用の器具も要りません。徳利とお猪口があれば十分ですし、なければコップでも構いません。
それなのに敷居が高く感じるのは、たぶん「何度に、どれくらいの時間で」という数字が先に頭に浮かぶからです。温度を測る道具を用意して、時間を計って、と考え始めた瞬間に、平日の晩酌からは遠い作業になってしまう。
僕も昔、居酒屋で頼んだ燗酒が熱すぎて、香りより先にアルコールの刺激だけを感じてしまった経験があります。あれで「燗は難しいもの」という印象がしばらく抜けませんでした。実際には、温度の見極めさえひとつ覚えておけば、家でもだいたい同じところに着地します。次の章で、そのひとつだけを紹介します。
覚えるのは、ぬる燗のひとつだけでいい
燗酒には温度ごとに名前が付いています。低い方から、日向燗、人肌燗、ぬる燗、上燗、熱燗、飛び切り燗という順番です。日本酒造組合中央会の資料によると、人肌燗はおよそ35〜40℃、ぬる燗はおよそ40〜45℃、上燗はおよそ45〜50℃、熱燗はおよそ50〜55℃とされていて、なかでも人肌燗から上燗までの範囲が、一般的に美味しいと言われている温度帯です。その上下にある日向燗と飛び切り燗については、中央会の資料に数値は示されていません。一般には日向燗が30℃前後、飛び切り燗が55℃以上の目安として使われています。香りの立ち方も味の印象も、ひとつ動くごとに変わっていきます。
正直、全部を覚える必要はありません。最初の1回で狙うのは、ぬる燗、目安は40℃前後だけです。
人肌より少し温かいくらいのこの温度は、酒の香りがいちばん豊かに立って、味わいにもふくらみが出てきます。熱燗のようにアルコールの刺激が立つこともなく、燗酒の「いいところ」がいちばん素直に出る温度でもあります。6段階の名前は、慣れてから少しずつ上下に振ってみればいい話で、最初のうちは温度計とにらめっこする必要すらありません。徳利を握って、熱いというより温かい、と手が言う程度で止めます。
湯煎とレンジ、結局どっちがいいのか
ここでいよいよ、レンジでいいのか問題です。
先に答えを書くと、基本は湯煎です。徳利ごとお湯に浸けて温める方法で、徳利の中の酒が外側からじんわり温まるので、一気に熱が入って辛くなりすぎる失敗が起きにくい方法です。中央会が案内している手順もごく短くて、沸騰直前までお湯を沸かしたら火を止めて、酒を入れた徳利を首まで浸ける。あとは1分ほど待つか、好みの温度になるまで置くだけです。手順そのものは電子レンジよりむしろ簡単なくらいです。
一方、電子レンジは手軽ですが弱点があります。マイクロ波の当たり方は容器の形や中身の量によって偏りがちで、上下や中心と縁で温度差が出るというのは、電子レンジ加熱そのものの一般的な性質です。徳利の口に近い部分だけ熱くなって、底の方はまだぬるい、ということが起こりえます。
レンジを使うこと自体が悪いわけではありません。忙しい平日の晩酌で、鍋を出すのが面倒な日もあります。使うなら、短めに加熱して、いったん取り出して軽く揺すって混ぜてから、様子を見ながら少しずつ追加で温める。この往復を挟むだけで、加熱ムラはかなり抑えられます。逆に、一度にまとめて長く加熱するのは、ムラも失敗も増える方向です。以前ひやおろしの記事で「レンジで手軽に」と書いたのは、この往復加熱を前提にした話です。時間がある晩は湯煎、時間がない晩はレンジで往復加熱、くらいの使い分けが現実的だと思います。
燗に合う酒、最初の1本の選び方
すべての日本酒が燗向きというわけでもありません。
温めて旨みがふくらむのは、米の甘みやコクを残した純米酒です。本醸造も昔から燗でよく飲まれてきましたが、こちらは旨みが前に出るというより、温めるとキレの良さが立つタイプです。なかでも生酛や山廃といった造り方の酒は、酸がはっきりしているぶん、燗にしたときの伸びが良いと言われています。特定名称の見分け方は特定名称酒の記事に書きましたが、ラベルに「純米」や「本醸造」とあれば、燗の1本目の候補になります。
逆に、華やかな吟醸香が売りの大吟醸や吟醸は、1本目にはあまり向きません。冷やして飲むことを想定して造られている酒が多く、温めると香りと甘み酸味の釣り合いが変わって、狙いどおりの顔ではなくなることがあるからです。ぬる燗が駄目という話ではないので、燗に慣れてから試すと違いがわかって面白いです。ひやおろしの記事で書いた、ひと夏の熟成でコクが乗った酒も、燗にすると味の幅がもう一段ひらくので、この時期ならではの選択肢です。
肴も、この季節らしいものを合わせると相性が上がります。おでんや鍋のように出汁の効いた温かい料理は、ぬる燗の柔らかい旨みとよく寄り添います。秋の肴の記事で書いた「旨みで返す」という考え方は、燗酒にもそのまま使えます。
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ここまでの話を、今夜からできる形に絞り込みます。最初の1本は純米酒、温度はぬる燗で40℃前後、温め方は湯煎。この3つさえ押さえれば、燗酒デビューとしては十分です。レンジでいいのか問題への答えは、湯煎です。鍋を出す2分を惜しまない日のほうが、確実に美味しくなります。
朝晩の空気が変わり始めたこの時期、今夜だけ、いつもの1本を少し温める。それだけで、同じ酒が違う顔を見せます。
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