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鍋の日の日本酒は、具材より先に「つゆの濃さ」で選ぶ

湯気の立つ土鍋の隣に、朱色の徳利と猪口を置いた和モダンイラスト

鍋の日の日本酒は、具材より先に「つゆの濃さ」で選ぶべきだと、僕は思っています。理由を書きます。

鍋と日本酒の組み合わせは、日本酒造組合中央会のサイトでも「秋から冬にかけての風物詩」と紹介されているくらい定番です。沢の鶴などの蔵元の解説を見ると、水炊きには何を、味噌の鍋には何を、と鍋の種類ごとに酒が挙がっています。ただ、種類が多くて覚えきれない。白菜と豚肉の鍋には、牡蠣の鍋には、と具材で考え始めると、さらに決まらなくなります。僕も最初はそうでした。でも、鍋の味を決めているのは具材より「つゆ」です。だから僕は、つゆが濃いか薄いかの2つに畳んで考えています。

鍋と日本酒が合うのは、どちらも旨みの塊だから

まず、なぜ鍋に日本酒なのか。沢の鶴の解説が分かりやすくて、日本酒には発酵の過程でアミノ酸が多く含まれていて、一方の鍋は、具材だけでなく昆布や鰹節のだしにもグルタミン酸やイノシン酸といった旨み成分が溶け込んでいる。両方の旨みが合わさることで、別々に味わうより相乗効果でおいしさが増す、という理屈です。

つまり鍋と日本酒は、旨みと旨みの組み合わせ。秋の肴の記事で、きのこの肴には「旨みで返す」と書いた話の、いちばん分かりやすい実例が鍋です。ここまでは、どんな鍋にも共通します。問題は、その先の「どの酒か」です。

つゆが薄いか濃いかで、酒の「重さ」を決める

中央会のサイトでは、日本酒を香りの高低と味の濃淡で4つのタイプに分けて、タイプごとに合う料理を挙げています。軽快でなめらかなタイプには、あっさりして後味が軽い料理。コクのあるタイプには、鶏肉や豚肉、牛乳などの旨みを生かした料理。この分け方を鍋に当てはめると、つゆの濃さがそのまま酒の重さになります。

つゆが薄い鍋。水炊きやポン酢で食べるふぐちり、昆布だしの寄せ鍋を、僕はこちらに入れています。素材の味を生かすぶん、酒が重いとつゆが負けます。沢の鶴の解説でも、水炊きにはさっぱりした純米酒を挙げています。冷やして飲むつもりで買った軽めの純米酒を、冷蔵庫から出してそのまま出せば十分です。

つゆが濃い鍋。味噌仕立て、甘い割り下のすき焼き、脂の乗ったもつ鍋。ここは酒も腰を据えないと、つゆに押し流されます。同じ解説では、味噌の鍋には麹の優しい甘みと酸味のある純米酒、すき焼きには加水しない純米原酒、もつ鍋にはもつに負けないコクのある酒を挙げています。豆乳鍋のようにクリーミーなつゆには、生酛系の深みのある酒を勧めていて、生酛・山廃の記事で「酸とコク」が目安と書いた酒の出番です。

鍋のつゆの濃さで日本酒を選ぶ図。つゆが薄い鍋(水炊き、ポン酢のふぐちり、昆布だしの寄せ鍋)には、軽快な純米酒を冷やしたまま。つゆが濃い鍋(味噌仕立て、すき焼き、もつ鍋、豆乳鍋)には、コクのある純米酒や純米原酒、生酛系をぬる燗で、特に濃い日は上燗の入口まで。図の下に「迷ったら純米酒をぬる燗で。鍋より先につゆを見る」と添えている

薄いつゆには軽い純米、濃いつゆにはコクのある純米か原酒。覚えるのはこの2行で足ります。具材が何であっても、つゆがこの2つのどちらかに入れば、酒はもう決まっています。

温度は、濃いつゆほど上げる

酒が決まったら、温度です。中央会のサイトには4つのタイプごとの適温も載っていて、軽快でなめらかなタイプは6〜10℃か氷温近辺と、冷やして飲む幅の狭い酒。コクのあるタイプは10℃から45℃まで幅広く楽しめるとされています。燗は一般的に人肌燗(35〜40℃)から上燗(45〜50℃)がおいしいと言われている、ともあります。

だから温度も、つゆの濃さで決まります。薄いつゆの水炊きなら、軽快な酒を冷やしたままで十分。濃いつゆの日は、コクのある酒をぬる燗にして、味噌鍋のように特に濃い日は上燗の入口、45℃くらいまで上げると、酒の輪郭がつゆに埋もれません。燗酒の記事で書いたとおり、湯煎で40℃前後にするのがいちばん失敗がありません。湯気の立つ鍋の横で温かい酒を飲むほうが好きだ、というのは僕の好みで、理屈はここまでです。

ちなみに中央会のサイトには、旧暦9月9日の重陽の節句から翌年3月3日の桃の節句まで、日本酒は燗にして楽しむのが正式な飲み方、とも載っています。燗の季節と鍋の季節は、ちょうど重なります。

鍋に日本酒を入れると、つゆのほうが酒に寄ってくる

もうひとつ、鍋の日ならではの手があります。酒を飲むだけでなく、鍋に入れることです。中央会のサイトにも、鍋に日本酒を入れると味が格段に上がる、とあります。

広島には、そのものずばりの鍋があります。西条の「美酒鍋」です。以前の記事でも触れましたが、酒まつりの公式サイトによると、もともと蔵人たちの賄い料理で、豚肉や鶏肉、野菜を日本酒と塩・こしょうだけで調理する鍋です。だしの代わりに酒。飲んでいる酒と同じものを鍋に入れれば、つゆと酒の方向が最初から揃います。

沢の鶴の解説にある常夜鍋も同じ発想で、だし汁の代わりに日本酒を入れて、豚肉とほうれん草を煮る鍋です。酒の強さが気になるなら水やだしで割る、アルコールの蒸気が出るので鍋のふたはせず換気をする、という注意書きまで含めて、家でやるならこちらが手軽です。使う酒は、旨みのもとになるアミノ酸が多い純米酒が勧められています。

ここまで酒を「選ぶ」話をしてきましたが、鍋に酒を入れる日は、選ぶ手間がひとつ減ります。入れた酒を、そのまま飲めばいいからです。

僕の答えはこうです。鍋の日は、具材を見る前につゆを見る。薄いつゆなら軽い純米酒を冷やして、濃いつゆならコクのある純米酒か原酒をぬる燗で。迷ったら、純米酒をぬる燗で1本つけて、少し鍋にも入れる。それで今年の鍋の夜は、だいたい間に合います。


この記事を書いた人

藤本裕介

広島在住。映像の仕事のかたわら日本酒にどハマりし、いつか自分の酒を仕込みたくて、蔵を訪ね歩いています。飲み手として、半歩先の楽しみ方を書いています。

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